昆虫食がテレビや新聞で話題になると同時に、昆虫食についての批判が出てきます。もっともな批判も多いです。
でも、その人たちと僕たちの「昆虫食」の認識にズレがあるんじゃないかなと思い、この記事を書いてみます。前回書いたこの記事を改めて整理した記事です。
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目次
広義の昆虫食とは
昆虫を食べる行為を指す言葉が「昆虫食」だと思っています。日本でイナゴやハチの子を食べているのは紛れもない昆虫食であり、1つの食文化となっています。しかし、あまり意識しない昆虫食の中に、昆虫成分を食品に利用しているのもあります。例えば、赤色の着色料はカイガラムシという虫からとられているものもありますが、たしかに昆虫食の1つだと思っています。
また厄介なのが昆虫食の中に、昆虫っぽい生き物も指すことがあるようです。本来の意味とは違っていますが、サソリやタランチュラも感覚的には昆虫食の中に属しているイメージを持つ人も多いのかな思います。
昆虫食はさらに2つに分類されると思っています。この2つに名前がないので、昆虫食に対してのイメージはややこしくなっているのです。
①養殖した昆虫を食品として消費
無印良品で出されたコオロギせんべいや、FUTURENAUTの商品はここに当たります。養殖した昆虫生産は、品質管理や生産管理ができるため、工業化できる昆虫食です。屋内で餌や環境を管理することにより、何か問題が発生した時にトレーサビリティが確保できるはずです。
例えば、「〇〇という食品には含まれてはいけないものが含まれていた!!」という場合に、自然界の昆虫では当然移動もします、どこで原因物質に触れているか分かりません。餌なのか、環境なのか、それとも食品加工後なのか。
養殖した昆虫は、問題が餌だとしたら餌を検査すれば原因がわかります。ゲージごとに管理していれば、いつ、どこで生産されたものかも追跡可能です。
②天然の昆虫を採取して消費
一方で自然界にいる昆虫を食すことはどうなのでしょうか。お世話になっている内山先生はこんなことを言っていました。
「夏に蝉の声を聞くと、セミを食べたくなる」
日本は四季があるので、1年を通して昆虫が生活できるわけではありません。春にしかいない虫、夏にしかいない虫、越冬する虫などさまざまです。その季節ごとの虫を食べることによって四季を体で感じることができます。ちなみに僕は蝉の声を聞いても食べたくなることはありませんww
日本の文化的な昆虫食もこの自然にいる昆虫を食べるものが多数かと思います。秋のイナゴが発生する時期に、イナゴを食べる。冬を越すためにに脂肪を溜め込んでいるカミキリムシの幼虫や、ざざ虫を食べることもそれにあたります。
この昆虫食は伝統的な食文化の継承や、食育の機能が果たせると思っています。
③ゲテモノ食い、罰ゲームとしての昆虫食
これは昆虫食をゲテモノ食コンテンツとして扱っているものです。
例えば、
・生で食べる(普通に危険です)
・食べたくない人に無理やり食べさせる
・罰ゲームで食べさせる
・テレビやYouTubeでゲテモノとして扱う
これは、食という命をいただくという行為に対しての冒涜であり、絶対にやってはいけないと思っています。これをすることにより、昆虫食へのネガティヴイメージに繋がってしまうことは間違いないと思います。
おわりに
何が言いたかったというと、この辺を整理した上で昆虫食を話せるといいのかなと。多くの人は昆虫食と聞いて、これらの全てをごっちゃにしていることにより、話が噛み合わなかったり、否定だけで終わってしまったりする可能性があるのかなと思います。